篠崎の独り言

ハゲ頭のヒゲ面が頭に浮かんだ事を適当に書き殴るブログ。責任感の強い男なので、飽きたらやめます。twitter→@cmjtm4hc8

柔術で肩を脱臼した時の話

 

畳から足が離れ宙を舞う中、僕は(この人絶対嘘ついた)と頭でなく直感で気付いたのであった。

 

柔術と柔道は少しだけ違う。柔道では綺麗に投げ背中から叩きつければ『1本』となり試合が終わが、柔術の場合はそこから先に寝技がある。というより、柔術の肝とはその寝技にあり、柔道が立ち技中心の武道なら柔術は寝技中心の武道である。勿論柔道でも寝技はあるが、少しこう着状態になるだけで『待て』という仕切り直しが入り、またお互いの立ち位置まで戻ると立ち技から始めるのである。

しかし柔術にはそれが無い。なので試合が始まり、寝技でこう着状態になっても試合終了まで延々寝技が続くのだ。男同士で揉みくちゃになり、こう着状態になり、素人から見れば退屈以外のなんでもない地蔵の見物かの様な試合内容も、柔術の世界では当たり前のように見る光景である。

 

そんな柔術のサークルに僕は数年前から通っている。週に2度、月曜と土曜の夜に開かれるその練習会には仕事を終えた屈強なオッサン共が集まり、汗塗れになりながら揉みくちゃに絡み合い、相手の首を絞めあげたり腕を捻ったりしてはその快感に酔いしれるのだ。

ある日、いつも通り練習しに武道館に訪れ更衣室のドアを開けると、よく見る人達の中に1人知らない人がいた。齢はおそらく僕とあまり変わらない。既に着替えを終え真新しい柔術着を着ていた彼の腰には、白帯が巻かれていた。

 

ーー体験者かな?

 

挨拶を交わし軽く会話をする、聞くと最近この辺に引っ越してきたらしく、体が動かしたくて調べたところここを見つけたそうだ。元々柔道を少しかじっていたので、柔術は初めてだが興味があるので足を運んだそう。僕自身も中高6年柔道をかじってから柔術を始めてので親近感が湧いた。一緒に強くなれたらと思った。

 

……この時、ここでの会話があの無残な結果のきっかけになるとは露程も思わなかった。

 

 

着替えを終え、階段を上り2階の武道場へ向かう。体育館より少し狭いくらいの広さは半分が剣道の人達が使っており、一歩間違えば狂人かと思うような彼らの叫びを聞きながら、畳の敷かれたもう半分の方へ向かった。

 

ウチのサークルには決まったメニューが無い。各々適当な人と技の研究やら準備運動などをし、ある程度の時間になったら終了までスパーリングを流し続ける。そんな軽いノリのところだ。(実力は全然軽くないが、強い人いっぱいいる)

なのでお互いの合意を得れば別に柔術の練習じゃなくてもいい。なんなら柔術の練習をせずにキックボクシングの練習をしてる人達もいるし、結構自由度は高い。実際僕も初めのウォームアップで打撃のスパーリングをするという狂った事を毎回していた。ここにいるのは柔術以外にも心得がある人ばかりなので毎度ウォームアップでボロ雑巾のようになってしまう。ライトスパーなのでダメージはないが、それでも普通に疲れるしヘバるのは当然といったところだ。

 

その日も当たり前にボロ雑巾にされ、飲み過ぎによる嘔吐直前みたいな息切れを起こしながらひたすら水を飲む生き物になっていた。客観的に見てそんなめちゃくちゃキツい練習というわけではないが、致命的にスタミナが無いのでこうなるのは毎度の事だ。

ある程度息を整え、休憩がてら周りを見回す。体験者の人は経験者の人達に色々教わっていた。スパーリングの時間までまだ少しあるので、僕も別の人と技の研究等で時間を過ごした。

 

そしてスパーリングの時間、たまには立ち技の練習がしたかった僕は体験者の人にスパーをお願いした。最初に書いたように柔術は寝技中心なので、スパーではすぐに寝技に入ってしまう。場合によっては寝技から始めるなんて事もよくある話だ。

しかし柔道出身者としてはたまには立ち技も練習したい。なので柔道出身で柔術未経験の彼はちょうどよかった。そういう人は間違いなく立ち技にも本腰を入れる。1セット(5分)半々くらいで立ち技も寝技も出来ればと思ったのだ。

よろしくお願いしますと握手に近い動作でタッチし合い、お互い胸ぐらを掴み組み合った。その瞬間、僕の頭は(?)で埋め尽くされた。

 

 

(……力強くない?)

 

いや腕力が強いとかそんな単純な話じゃない。立ち方が、重心の配分が、力の込め方が体捌きがそしてもちろん腕力が、〝全て〟が〝強い〟

 

嫌な予感がした。もしかしたらもしかしなくてもこの人普通に強い。軽く流そうかと思って落ち着いてた僕の心臓の鼓動が、焦りからか次第に速くなっていく。

しかし僕にも自負がある。曲がりなりにも柔道を6年間やっていたという自負が!楽な練習時間を過ごす為にタメの部員と口裏を合わせ、それっぽく見えるけど絶妙に疲れない練習をしたり、ダラダラと補習を長引かせ部活に参加しなかったり、レギュラーじゃなかったから試合会場でタイマー係とかやってた高校部活の自負が!全然ダメじゃねーか!(言い訳していい?中学はちょっとだけ頑張った)

 

それでもここでの柔術は真面目にやっていたので負けるのは悔しい。気持ちを切り替え僕は全力出した。が、

 

 

……この人、想像以上に強い。

 

正直、相手の激流の様な攻めの姿勢に防ぐのが精一杯である。頭おかしいよこの人。力も強いし、足技の連携も上手いし力強いし、崩すのも上手い。あと力が強い。いや強いって本当に。ふざけんなよ……

 

それでもまだ希望があった。今思えばそこまで押し込まれてどうしてそう思うのか訳が分からないが、柔道をかじってたという言葉がまだ僕の頭の中にあり、それが一段と僕をムキにさせた。

 

 

(少しかじってたくらいの白帯に負けてたまるかよ!)

ちなみに僕も白帯である。同じじゃねーか。

 

瞬間、相手が大技の体制に入った、自分の足を使って相手を跳ね上げ投げる内股という技だ。

僕はそれに気付いて全力で腰を落とした。上体にも力を入れ自分の出せる全力で技を防ごうとした。しかし、

 

 

相手は、そんな僕を根こそぎ引き抜く様に僕を跳ね上げた。

 

 

宙に浮かびながら様々な感情が駆け巡る。文字にすると長々とした説明になってしまう感情も、実際に味わうのは一瞬だ。あの体が浮かび上がった一瞬の間には、確かに僕の頭にはこれらの感情が駆け巡った。

 

多少崩されてたとはいえ耐えるには十分な姿勢。

そんな状態での柔道経験者の全力の〝耐え〟

 

しかし、それを根こそぎブチ抜く暴力的な内股。

 

 

「柔道は〝少し〟かじってました!」

 

〝少し〟かじってました!」

 

 『少し』

 

 

それは

 

それは

 

それはお前……

 

 

(少しかじってた奴が出来る芸当じゃねーんだよっ!!!!!!)

 

浮遊状態でこの人の嘘を確信する俺に徐々に畳が近付いてくる。ここで背中からまともに打ち付けられれば、柔道ルールでいえば確実な負け。これは柔術で寝技もあるのでそれでも問題ないが、カケラ程残った元柔道部の意地が僕の体を動かした。

 

絶対に背中から付きたくない。そうならないように体をひねる。宙で半身気味になる体。そして……

 

 

グシャッ

 

右肩から落ちた。

 

衝撃の割に痛みはそこまで無かった。しかしそれはアドレナリン等が出てた所為だろう。その証拠に僕の肩にはさっきまで無かった出っ張りがあった。あと(あ、これいったかも…)というほぼ確信に近い直感もあった。悲し過ぎる直感である。

 

スパーを休んでいて、その様子を見ていた人が僕の前まで来てくれた。整骨院を営んでるその人は僕の肩をみて「あー…これは今日はもうやめた方がいいよ」と言ってきた。

「肩は上がる?」と言われた僕は「あー、それは全然大丈夫そうですね!」と何度も万歳をしてみせた。事実この時は普通に動いたからだ。今思えばアドレナリンのおかげだったけど。

 

結局その日は練習をやめにして最後まで見学していた。体験者の人にも謝られたが競技の性質上仕方ない怪我なので、大丈夫ですよ!とこちらも返してその日はお開きとなった。

 

体験者の人は早々と帰っていった。更衣室にはまだ数人残っており、僕の肩を見てくれた整骨院の人が、針付きのピップエレキバンを貼ってくれるというのでお願いした。

 

「痛みはどう?」

「段々痛んできましたね…肩より上に上げるのはちょっと…」

「肩から落ちたもんねー。強かったでしょあの人」

「強かったですねー。柔道少しかじってたって言ってましたけど、絶対嘘ですよ」

 

「少し?あの人柔道3段って言ってたよ?」

 

 

 

…………はい?

 

「え、3段?」

「うん。あと職業は警察だって」

「ああ、そう……」

 

 

……いや確かにね、段数じゃ測れない事もありますよ。場合によっては書類提出でなれちゃったりもするし。

 

でもさ、だけどさ。

 

20後半ていう全然動ける年齢で、職業警察で、それで柔道3段かじってるって言わないって……

 

それを知ってたら俺だって変に耐えたりしなかったよ。だって勝てるわけねーもん。

 

施術も終わり、皆に挨拶して車に乗ります。気持ちが落ち着いてくたび痛みが増していく。これから1時間近くも運転するのか…

 

痛む利き腕でハンドルを握りながら、明日は病院かなーとそんな事を考えて、沈んだ顔に帰路についたっていう3年ほど前の話です。ちゃんちゃん。

終わり。

 

 

 

 

ちなみに怪我は『肩鎖関節脱臼』という怪我でした。そして後から聞いた話ですが、体験者の人はそれ以降は来なかったらしいです。

 

 

僕のせいじゃ、ないといいな……