あれは今から5年程前、物語は隣町にあるTSUTAYAの駐車場から始まります。
当時、ここのTSUTAYAの駐車場には屋台のケバブ屋がよく来ていました。
恐らく来る曜日とかも決まってたんでしょうが、いちいちケバブ屋のシフトに執着する程ケバブ狂いなわけでもなかったので、見かけらたら「お、今日は来てるなー」なんてそう思った程度です。
その日はちょうど「来てるなー」の日だったようで、ポピュラーなサンドから丼まで様々な種類のケバブの写真をはっつけた屋台の中で、浅黒い肌のトルコ人(知らんけど)のおっちゃんがニコニコしながら横切る人達に声をかけていました。
この時僕は友人と来ていたんですが、お互い少々小腹も空いていたのもあり、お目当てのDVDを後回しにホカホカのケバブサンドを注文しました。「コレオイシヨーオニサン!」と話しかけてくる店主のカタコトの日本語に、妙にほっこりしてしまいます。
作りたてのケバブを受け取りその場で立ち食いしていると、恐らく僕等の前に既にケバブを買ったのであろうお兄さんが、すぐ傍に1人でケバブを食べていました。
TSUTAYAの前で男3人ケバブに舌鼓とはこれいかになどと思っていると、視線に気付いたのかそのお兄さんとパチっと目が合ってしまいました。
無視するのも気が引けるので軽く会釈をすると、お兄さんは「これ、美味しいですね」と話しかけてきました。それに僕も「ですね、僕もケバブ大好きなんですよ」と返します。
こういった突発性な会話イベントが嫌いではない僕は、その後もその人と言葉を交わし、次第に盛り上がっていきました。(そういうのが苦手な友人は冷めた目で見てましたが)
最終的に僕はその人に缶コーヒーを奢り、「遠慮せずどうぞ!」とにこやかに手渡しする程に、その人も「わ!ありがとうございます!」といった感じでニッコニコ。冷めた態度の友人にもコーヒーを奢りましたが、暖かいコーヒーとは真逆に友人の反応は冷たいままでした。ごめんて。
するとそこで、お兄さんが「良かったらこのお礼に、そこのココスで奢りますよ!どうですか?」と言い出します。
別に見返りが欲しくてコーヒーを奢った訳では無いんですが、奢ると言われたらホイホイついて行ってしまうのが僕という生き物です。それに会話が弾んだのもありますし、もしかしたらここから更に交友関係が広がるかもなぁなんて思ってしまった僕は2つ返事でオーケーしました。
ただ、この日はもう夜遅くでしたし、時間も無いので来週に、という事になり、その場でお兄さんとは別れました。じゃあまた来週!とお兄さんは自分の車に戻っていき、その場には僕と友人、それと新しくお兄さんの連絡先の入った僕のiPhoneが残ります。
その後、借りたかったDVDも借り車に乗り込むと、友人がとても微妙そうな顔をしながら話しかけてきました。
「あれ、絶対怪しい奴だって。行かねぇ方がいいと思うよ俺…」
「まぁ大丈夫っしょ!それに怪しい人だったらそれはそれで面白いかなって思っちゃったりしてるし、俺は行ってくるよ」
それを聞いた友人は心底呆れた…という表情をすると、「俺は絶対行かないからな…」と言って車のシフトレバーをドライブに入れました。その横で、能天気に笑う僕は余程のアホに見えた事だと思います。
そしてその日から一瞬間後、約束のココスに向かいます。
すると駐車場でお兄さん(ここからはNさんと表記します)が既に待っていて、僕の姿を確認するとにこやかに手を振ってきました。
「お疲れ様ー!待ってたよー」
「お待たせしてすいません〜……そちらは?」
Nさんの横には、坊主頭で背が低く、ちょっとオロオロした感じの男性が立っていました。
「こいつは友達!せっかくだからさ、一緒にどうかなって」
「あ、ご友人なんですね!初めまして篠崎ですぅ」
「Aです……よろしくお願いします……」
僕が挨拶すると、消え入りそうな声でそう返されました。正直(なんかやべーなこの人)と思いましたが、特には気にせず、そのまま立ち話を続けます。
N「じゃあ店入ろっか!もう腹空いちゃったよ!」
そう言って店の扉を開けたNさん。
後に続き、Aさんと僕も店内に入ります。
昼過ぎだからか、そこまで人が入ってなかったので席はガラガラでした。が、Nさんはわざわざ扉から1番遠い窓際の端の席に向かいます。
後から知ったんですが、この手の人達は相手が逃げにくくなるように端の席を取るらしいですね。気の弱い人には結構効いちゃうのかもしれませんね…僕には分かりませんが…(距離あるったって数メートルだし)
席について食べ物を注文します。確かこの時はハンバーグを頼みましたね。ハンバーグ大好きなんですよ僕。自分自身の次くらいに好きですね。その次は親です。父さん母さんごめん。
しばらくしてテーブルに置かれたハンバーグを食べながら、なんでもない雑談をしました。当時は仕事が忙しかったので、仕事の愚痴なんかを言ったような記憶があります。
食事も終わり、水を飲み干して一息つきます。
そこそこ話したし、今日はこれで終わりかなーなんて思ってたら、Nさんが仕事について聞いてきました。
N「篠崎くんはさ、転職とか考えてるの?」
俺「そうですねー、夜も遅くまで仕事してて遊ぶ時間も少ないし、少なからずは考えてますね」
N「そっか。ねぇ篠崎くんはさ、転職に大事なのはなんだと思う?」
俺「大事なのですか?う〜んなんですかね、人によりけりでしょうけど、自分の場合は辞める前にある程度次の目処は立てときたいなって思ってますね。いきなり完全無職になるのはちょっとなぁ」
「そうだね、じゃあその次の目処を立てるのに大事なのがあるんだけど、これがねタイミングと、運なの」
うん?
俺「運ですか?」
N「そう、運」
N「篠崎くんはさ、このコップに入ってる水、ずっっとこのままにしてたらどうなると思う?」
トンっと、僕の目の前に水の入ったコップを置くNさん。
「どうって…ずっとだったら蒸発するんじゃないですかね?」
N「そうだね、当たり」
N「運もね、これと一緒なの。放っておいたら、どんどんどんどん少なくなってきちゃう」
おぉ〜っと…一気にキナ臭い話になってきたぞ…
この時点で宗教勧誘である事はもう確実です。ていうかもっと言うなら会った時にもう1人人員を用意してる時点でほぼほぼ確実みたいなもんでしたね。自分の危機察知能力の低さには目眩するわこんなん。
そこからはもう怒涛の宗教勧誘。あーだこーだと理由をつけ僕に入信を促します。
向こうがある程度喋り終わったところで僕が「でもそれはこうでは?」と言った質問をすると、「そうだね」と一度その意見に賛同するも、徐々に徐々に元の話題に戻していき、また運の話から再スタート。質問に答えるとかそういうのじゃありません。話を戻しちゃうんですよ。最初に、埒があきません。
しかも、ずっと黙り込んでたAさんを指して「こいつも昔は活気が無かったけど、ここに入ってからは活気に満ち溢れてる」なんて言い始める始末。いやその人全然喋ってねーけど。活気のかの字もないですけど。
N「な!凄い活気でだよな!」
A「ソウデスネ…マワリカラモスゴイカワッタッテイワレマス…」ゴニョゴニョ
嘘つけ馬鹿野郎。
そんなのれんに腕押しな問答(問答?)を、なんと1時間続けました。飯食ってる時間合わせたら1時間半くらい経ってたんじゃないかな。随分とまぁ熱心に勧めてきます。
ここで少し話ズレるんですけど、僕は宗教自体に関してはそこまで否定的では無いんですよね。何かを信仰して、それを明日への活気にするってのはとても素晴らしい事だと思います。
別に崇拝対象が存在しないものでもいいんです。たとえ上の人の金儲けの為に高い壺を売られようとも、その人自身がその壺に価値を見出せばそれは立派に効力のあるものです。
神を信じ、辛い事があれば『試練』だと受け入れ、いい事があれば「神様のお陰と」喜び、辛い人生を前向きに生きる為の手段として宗教に入れ込むというのは、決して悪い事では無いと思います。
そんな事言ったら我々オタクだって、作られたキャラクターに人格を見出し、一喜一憂し、「生まれてきてくれてありがとう…」と涙を流すわけです。
原価いくらのアニメグッズを「助かる」と言いながら爆買いする姿は、まさに壺を買う入信者と本質は一緒。同じ穴のムジナ感は否めません。
だからといって、無理に勧めるのはダメです。
これがオタクだったら、まだそのアニメに興味がない人を長時間拘束し、無理やりそのアニメを観せる行為と変わりません。あれこれ結構いるな?自分も経験があるような…この話はやめましょう。
つまりです。何事も無理矢理は良くないよって事です。その行為に救われてるなら、自分だけ勝手に救われてればいいんです。そしてもしも良かったら…とやんわり勧めるのが、相手の為を思った勧める方ではないでしょうか?と思うわけですよ。
…結局何が言いたかったのか分からなくなって来てしまいました。多分無理矢理アニメの話に繋げたかっただけだと思います。今の話は流してください。
話を戻して。
結局このままではいつまでも終わらないと思った僕は、「正直篠崎くんはこの後集会に来る以外の選択肢は無い」と勝手に人の運命を決めつけ始めたレミリア・Nさんの話を無理矢理遮り、お金を置いて店を後にしました。
奢りって話でしたけどね。なんかこんなのに奢られるってのが個人的に抵抗があったんですよ。
まぁ向こうは本当に自分の幸せを相手に分けてあげたいって思ってた可能性もありますし(微レ存)、断った上に奢ってもらうの「ちょっとな…」と思ったのも正直なところです。
店を出て自分の車に乗り込みます。するとNさんからLINEが来ました。
『変な話しちゃってごめんね!次は風俗の話でもしよう!』
…これに僕は返信しませんでした。代わりと言わんばかりに、『ブロック』と書かれた文字を押します。僕のLINEから、Nさんが消えました。
最後店を出る時、扉の前でフッと後ろを振り返ってみました。
こちらに背を向けて座っていた2人は僕を見送るでもなく、テーブルの真ん中を辺りをずっと眺めてます。
その時2人は何を思っていたんでしょう。
自身で「全て上手くいくようになる」と言っておきながら、僕に入信を断られた矛盾に呆然としてるのか、それとも「今回はダメだったなー」とフランクに考えてるのか、はたまた「何がダメったのか?」と既に前向きに、2人で反省会をしているのか。
連絡先を消した今となっては、知る由もありません。